地元の隠れた名所やユニークな文化体験を活かして、旅行ビジネスを始めたい。そんな思いを持つ地域事業者のために創設されたのが「地域限定旅行業」です。他の種別に比べて格段に低いハードルで始められる一方、その業務範囲には特有の制限があります。今回は、旅行業許認可のエキスパートである行政書士の阪本浩毅さんに、この地域限定旅行業ならではの特徴と、事業を成功させるための重要なポイントについて詳しくお話を伺いました。
地域限定旅行業とは?その目的と業務範囲
──本日はよろしくお願いいたします。今回は、地域の観光資源を活かしたい方に最適な「地域限定旅行業」について伺います。比較的新しい制度だそうですね。
阪本:はい。地域限定旅行業は、地域の知られざる魅力を掘り起こし、いわゆる「着地型旅行」を促進することを目的に、平成24年に創設された制度です。平成30年の法改正では、さらに地域の体験型ツアーなどが企画しやすくなるよう規制緩和も行われ、地方創生の担い手として期待されています。
──「着地型旅行」とは、どういうものでしょうか?
阪本:旅行先の現地で集合・解散するオプショナルツアーのようなものをイメージしていただくと分かりやすいです。例えば、農家さんと提携した収穫体験ツアーや、地元の酒蔵を巡るツアーなどですね。こうした地域の魅力をダイレクトに旅行商品化できるのが、この制度の醍醐味です。
──なるほど。では、業務範囲について教えてください。海外旅行は扱えないようですが…。
阪本:その通りです。地域限定旅行業では、海外への旅行は一切取り扱えません。国内旅行についても、企画・実施できるのは、営業所がある市町村とその隣接市町村など、定められた区域内で完結する旅行に限られます。
──つまり、例えば長野県松本市に営業所があれば、松本市内やその近くの上高地での日帰りツアーは企画できますが、そこから沖縄へのツアーを企画することはできない、ということですね?
阪本:まさしくその通りです。このエリア制限が地域限定旅行業の最大の特徴であり、注意点でもあります。ただし、他社が企画した全国規模のパッケージツアーを代理で販売すること(受託販売・代売)は可能です。
始めやすさの秘密「お金」と「人」の緩和された要件
──他の種別と比べて、登録のハードルが低いと伺いました。まずはお金の面から教えてください。
阪本:はい。財産的要件である「基準資産額」は100万円以上と、第3種の300万円と比べても大幅に低く設定されています。さらに、国に預ける担保金である「営業保証金」も、年間の取引見込額が400万円未満であれば、旅行業協会に入会することで納める「弁済業務保証金分担金」はわずか3万円で済みます。これは非常に始めやすい設定だと言えますね。
──取引額が大きくなると、この分担金も増えるのですね。
阪本:はい。毎年の決算後に取引額を報告し、もし基準を超えていれば、その分を追加で納付する必要があります。事業の成長に合わせて、きちんと備えておくことが大切です。
──次に、「人」に関する要件についてはいかがでしょうか?ここにも特例があると聞きました。
阪本:はい、ここが地域限定旅行業のもう一つの大きな特徴です。通常、旅行業務取扱管理者は営業所ごとに常勤専任で1名以上置く必要がありますが、地域限定旅行業に限っては、一定の条件を満たせば、一人の管理者が複数の営業所を兼務することが認められています。
──それは事業者にとって大きなメリットですね。どのような条件があるのでしょうか?
阪本:兼務する営業所間の距離が合計40km以下であること、そしてそれらの営業所の年間の取引額の合計が1億円以下であること、という二つの条件を満たす必要があります。これにより、近隣エリアに複数の小さな拠点を展開するようなビジネスモデルも可能になります。
──ただし、他社の管理者との兼務はできないのですよね?
阪本:はい、そこは絶対に勘違いしてはいけないポイントです。あくまで兼務できるのは「自社内」の営業所間に限られます。他社の管理者の名前を借りるような「名義貸し」は、もちろん不正行為として厳しく禁じられています。
地域限定旅行業のための新しい資格
──この制度のために、新しい資格もできたと聞きました。
阪本:はい。「地域限定旅行業務取扱管理者」という資格が新設されました。この試験は、着地型旅行に特化しているため、従来の「国内」や「総合」の試験と比べて、航空運賃の知識や全国の地理といった科目が出題範囲から除外されており、より挑戦しやすくなっています。もちろん、従来の国内や総合の資格者を選任することも可能です。
──資格取得の面でも、参入しやすくなっているのですね。
阪本:ええ。ちなみに、この地域限定旅行業務取扱管理者試験は、他の資格試験と違って国(観光庁)が直接実施しています。受験を考えられる方は、観光庁のホームページで詳細を確認する必要があります。
申請前に必ず確認すべきこと
──ここまで伺うと、非常に魅力的な制度ですが、申請時に注意すべき点はありますか?
阪本:はい。地域限定旅行業の登録申請は、主たる営業所を管轄する都道府県が窓口になるのですが、この都道府県ごとにローカルルールが存在する点に注意が必要です。例えば、定款の事業目的の書き方や、法人の商号(社名)の重複に関するルールの厳しさが異なります。また、提出を求められる添付書類が若干異なっていたり、申請の際に事業者が都道府県の窓口に出向く必要があったりなど、申請のお作法に違いがあります。
──では、どうすれば良いのでしょうか?
阪本:もしご自身で申請手続きをされるのであれば、準備を始める前に、必ず管轄の都道府県の担当窓口へ事前に相談に行くことを強くお勧めします。要件や営業開始までの流れの確認をしっかり行うことが、二度手間を防ぎ、スムーズに手続きを進める最大のコツです。
──最後に、地域限定旅行業を目指す方へアドバイスをお願いします。
阪本:地域限定旅行業は、これまで観光とは無縁だと考えられていた農林漁業や伝統工芸、そして飲食業といった分野の方々が、ご自身の営みを「観光資源」としてビジネスにするための素晴らしい道筋を示してくれました。しかし、その手軽さゆえに、業務範囲の制限といったルールを軽視してしまうと、せっかくの事業が法律違反となり、行政指導の対象になりかねません。素晴らしいアイデアを、持続可能で適法なビジネスとしてしっかりと軌道に乗せるためにも、計画段階でぜひ一度、我々のような専門家にご相談いただければと思います。
──ルールの正しい理解が、事業成功の鍵なのですね。本日はありがとうございました。
