数ある旅行業の登録種別のなかで、すべての旅行業務を取り扱え、最も社会的信用度が高いとされる「第1種旅行業」。しかし、その登録要件は他の種別と比べて格段に厳しく、事業者は高いハードルを越えなければなりません。今回は、旅行業許認可のエキスパートである行政書士の阪本浩毅先生に、この第1種旅行業登録に特化し、その厳しい要件や実務上のポイントについて詳しく伺いました。
第1種旅行業だけで可能なこととは?
──本日はよろしくお願いいたします。今回は旅行業登録の中でも、最も取得が難しいとされる「第1種旅行業」について詳しくお聞きしたいと思います。まず、第1種を取得すると、具体的にどのようなことが可能になるのでしょうか?
阪本:はい。第1種旅行業登録の最大の特長は、国内・海外を問わず、すべての旅行業務を取り扱えるようになる点です。特に重要なのが、自社で海外の「募集型企画旅行」を企画・実施できること。これには第1種登録が必須となります。
──「募集型企画旅行」というと、いわゆるパッケージツアーのことですね。
阪本:その通りです。旅行会社が目的地や日程、サービス内容、料金などをあらかじめ計画し、パンフレットやウェブサイトで広く参加者を募集して実施する旅行のことですね。海外へのパッケージツアーを自社ブランドで販売したいのであれば、第1種旅行業の登録が絶対に必要になる、というわけです。当然、手配旅行や国内旅行、旅行相談など、旅行業法で定められたすべての業務を制限なく行えます。
──なるほど。それゆえに、旅行業界で最も「格がある」と言われるのですね。
阪本:ええ、その通りです。第1種を取得しているということは、それだけ厳しい要件をクリアした証ですから、旅行者や取引先からの信頼度は非常に高くなります。事業の幅を広げたい、あるいは企業のブランド力を高めたいという事業者様が目標とされる登録種別です。
最大の壁「財産的要件」を理解する
──しかし、その分、登録のハードルも非常に高いと伺っています。最も大きな障害となるのはどの部分でしょうか?
阪本:やはり「お金に関する要件」、つまり財産的要件でしょうね。具体的には、「基準資産額」が3,000万円以上あることが求められます。
──基準資産額が3,000万円。これは会社の資本金が3,000万円あれば良い、というわけではないのですよね?
阪本:はい、そこが非常に重要なポイントで、多くの方が誤解されがちな部分です。基準資産額は、会社の財産状況を示す貸借対照表をもとに計算される、いわば「会社の正味財産」です。基準資産額は旅行業法上の概念であり、単純に会計上の資本金や預貯金の額ではありません。
──どのように計算するのでしょうか?
阪本:簡潔に言うと、会社の「資産の総額」から、回収不能な債権や営業権といった特定の資産を差し引き、さらに「負債の総額」を差し引きます。そして、ここからさらに、後ほどお話しする「営業保証金」などの額も差し引いた上で、残った金額が3,000万円以上なければなりません。
──その「営業保証金」とは何でしょうか?
阪本:これは万が一の倒産などに備えて、旅行代金を支払ったお客様を保護するために、国(法務局)へ預けておく担保金のことです。第1種の場合、この営業保証金の最低額が7,000万円と定められています。
──3,000万円に加えて、さらに7,000万円ですか!それはかなり大きな金額ですね…。
阪本:はい。ですから、これから第1種を目指して会社を設立する場合、単純計算で1億円もの資金が必要になる計算です。これは事業を始める上で非常に高いハードルと言えます。そこで、ほとんどの事業者が「日本旅行業協会(JATA)」への入会を選択します。
──日本旅行業協会に入会すると、何かメリットがあるのですか?
阪本:協会に入会して保証社員になることで、この7,000万円の営業保証金の供託が免除され、代わりにその5分の1の額である1,400万円を「弁済業務保証金分担金」として協会に納付すれば済むのです。これにより、開業時の資金負担を大幅に圧縮できます。
──なるほど。だから旅行業協会への入会を検討する方が多いのですね。
阪本:ええ、私の事務所でこれまでお手伝いさせていただいた第1種の案件では、すべての事業者様が旅行業協会への入会を選択されています。資金面だけでなく、最近は旅行者側も万が一の補償が手厚い旅行業協会の保証会員である旅行会社を選ぶ傾向が強まっていますので、第1種の場合は旅行業協会加入が必須と考えるべきかもしれません。
人材と組織に求められる「人的要件」
──財産的要件のハードルの高さがよく分かりました。次に、「人」に関する要件について教えてください。
阪本:はい。まず、各営業所に1名以上、「旅行業務取扱管理者」の資格を持つ方を配置する必要があります。従業員が10名以上の営業所では2名以上です。そして重要なのが、第1種で必須となる海外旅行を取り扱う営業所には、必ず「総合旅行業務取扱管理者」の資格を持つ方を、常勤専任で選任しなければならないという点です。「国内」の資格では要件を満たせません。
──人材の確保も重要なポイントですね。他に人的な要件はありますか?
阪本:法人の役員や、先ほどの旅行業務取扱管理者が「登録拒否事由」に該当しないことも厳しく審査されます。
──登録拒否事由とは、具体的にどのような内容でしょうか?
阪本:例えば、過去に旅行業法違反で登録を取り消されてから5年が経過していない、禁錮以上の刑に処せられてから5年が経過していない、といったケースが挙げられます。もちろん、反社会的勢力との関わりがある場合も登録は認められません。これは申請する会社の登記簿上に記載されている役員全員が対象となります。執行役員は含まれませんが、社外取締役や社外監査役は含まれますので、事前の確認が不可欠です。
見落としがちなその他の要件と専門家への相談
──その他に、第1種登録を目指す上で注意すべき点はありますか?
阪本:法人で申請する場合、会社の定款や登記簿謄本に記載されている「事業目的」も重要です。ここにはっきりと「旅行業」または「旅行業法に基づく旅行業」といった文言が入っている必要があります。もし入っていなければ、法務局で事業目的の変更登記を行わなければならず、余計な手間とコストがかかります。
──これから第1種を目指す事業者にとって、やはり一番の悩みは基準資産額の要件になりそうですね。
阪本:おっしゃる通りです。「自社の決算書で本当に3,000万円の基準を満たせているか判断できない」「これから会社を設立するが、資本金はいくらに設定すれば良いのか」といったご相談が圧倒的に多いですね。ですが、要件さえしっかり整えることができれば、設立間もない新設法人でも第1種登録を取得することは十分に可能です。
──第1種の登録行政庁は国の観光庁になるとのことですが、その点での不安を感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
阪本:はい、その点もよくご相談を受けます。第1種の登録行政庁は国の観光庁になりますので、都道府県の窓口とはまた違った緊張感があります。特に申請前のヒアリングでは、事業計画の実現性や財務状況について鋭く問われることもあります。そうした行政とのやり取りに不安を感じたり、手続きが煩雑だと感じられたりして、我々のような専門家にご依頼いただくケースが多いですね。
──やはり、計画段階で専門家に相談するのが確実ですね。
阪本:そう思います。特に第1種という高い目標に挑戦されるのであれば、財務状況の的確な判断から、事業計画のブラッシュアップ、そして行政との折衝まで、第1種旅行業登録手続きに関して経験豊富な専門家をパートナーにすることで、スムーズかつ確実に登録への道筋をつけることができます。事業の根幹に関わる重要な手続きですから、ぜひ信頼できる専門家にご相談いただきたいと思います。
──第1種登録の厳しさと、それを乗り越えるための具体的なポイントがよく分かりました。本日はありがとうございました。
