旅行業を始めるにあたり、事業の拠点となる「営業所」の確保は法律で定められた絶対条件です。一見、単純な物件探しのように思えるこのステップですが、実はその契約内容や物件の種類によって、登録申請が完全にストップしてしまうという深刻な「落とし穴」が数多く潜んでいます。
今回は、旅行業の許認可を専門とする行政書士の阪本浩毅先生をお招きし、多くの起業家がつまずく営業所選びのリアルと、失敗を未然に防ぐための具体的なチェックポイントについて、詳しくお話を伺いました。
オンライン専門でも必須!なぜ「営業所」が絶対条件なのか
──本日はよろしくお願いします。まず初めに、多くの方が疑問に思う点から伺います。最近はオンライン専門の旅行会社(OTA)も増えていますが、それでも物理的な「営業所」は必要なのでしょうか?
阪本:はい、よろしくお願いします。そこは非常によくいただくご質問で、最初の重要なポイントです。結論から言うと、たとえお客様が一切来店しないオンライン完結のビジネスモデルであっても、法律上の「営業所」として届け出る物理的な場所の確保は、絶対に必要です。
──なぜ法律は、そこまで物理的な場所を重視するのでしょうか?
阪本:それは、旅行業がお客様の安全や財産を預かる許認可事業だからです。万が一のトラブルの際に、事業者の責任の所在を明確にし、お客様が連絡を取れる拠点を確保しておくことが、消費者保護の観点から不可欠だと監督官庁は考えています。ただし、法律が求めるのは広さや豪華さではありません。事業を行うための「正当な権利」があるかどうか、その一点が厳しく問われるのです。
──その「正当な権利」を証明するのが「使用権原」という考え方ですね。少し専門的な言葉ですが、分かりやすく教えていただけますか?
阪本:はい。例えば、マンションを借りるという行為を例に考えてみましょう。大家さんとの間で交わす「賃貸借契約」、これが物事を法的に行うことができる根拠、すなわち「権原」です。そして、その契約(権原)があるからこそ、あなたはその部屋を正当に使う「権限」を持つわけです。旅行業登録の申請では、この「権原」を、賃貸借契約書などの客観的な書類で証明することが求められます。
多様化するオフィス形態と、それぞれの注意点
──なるほど。では、具体的なオフィスの形態について伺います。コストを抑えられる「レンタルオフィス」での開業は可能でしょうか?
阪本:はい、可能です。ただし、重要な条件があります。それは、登録票や料金表などをきちんと掲示できる、鍵付きの「専有スペース」が確保されていることです。そのため、住所を借りるだけの「バーチャルオフィス」や、固定された席のない「フリーアドレス」の形態では、この要件を満たせないため、営業所としては認められないでしょう。また、レンタルオフィスによっては、契約期間が1ヵ月探知だったり、契約書の発行に別途手数料がかかるケースもあるので、契約前の確認が重要です。
──次に、多くの方が検討する「自宅開業」についてです。社長個人の持ち家を法人の営業所として使う場合、どのような手続きが必要ですか?
阪本:ここも非常に重要な注意点です。法律上、社長個人と設立した法人は「別人格」と見なされます。そのため、たとえご自身の家であっても、社長個人と法人の間で正式な「賃貸借契約書」または「使用貸借契約書」を交わす必要があります。
──その契約書があれば、万全でしょうか?
阪本:いえ、自治体によっては、それだけでは「証明として弱い」と判断されることがあります。例えば東京都の場合、その契約書に加えて、その家が本当に社長の所有物であることを証明する「建物の登記簿謄本」と、その住所が正しいことを確認するための「公共料金の請求書」、この3点セットを求められます。この「補強」の考え方は、自宅開業を目指す上で絶対に知っておくべき知識です。
プロが警鐘!最もトラブルになりやすい「3つの壁」
──ここまででも多くの注意点がありましたが、実務上、特に解決が難しい、トラブルになりやすいケースというのはありますか?
阪本:はい、第三者が絡むことで、自分たちの努力だけではどうにもならない、特に高い「3つの壁」が存在します。その一つ目が、「分譲マンション」です。
──自分の持ち物なのに、なぜ問題になるのでしょうか?
阪本:「自分のものだから自由」という考えが通用しないのが、分譲マンションの難しいところでしょうか。ほとんどのマンションの管理規約には、「部屋は、もっぱら住宅として使用する」という一文があり、事務所としての利用が禁止されています。これをクリアするには、管理組合から「旅行業の営業所として使用すること」への特別な「同意書」を取り付ける必要がありますが、これに同意してくれる管理組合は、経験上、非常に少ないです。
──二つ目の壁は何でしょう?
阪本:二つ目は、「賃貸マンションの『使用目的』」です。事務所として借りたつもりでも、契約書の使用目的が「住居」のままになっているケースが意外と多いのです。これでは登録行政庁は社宅として判断します。これも管理規約と同様、オーナーから事務所利用への明確な承諾を得なければ、使用権原を証明できません。
──そして、三つ目の最も高い壁ですね。
阪本:はい、それが友人やグループ会社のオフィスの一部を借りる「転貸(又貸し)」です。この場合、又貸ししてくれる相手との契約書だけでなく、その物件の大元の大家さん(賃貸人)から、「あなたがその場所を使うことを承諾します」という「承諾書」が必須になります。一般的に、大家さんは転貸を嫌がる傾向が強く、この承諾を得られずに計画が頓挫するケースは後を絶ちません。
失敗しないための鉄則は「契約前の確認」
──ここまで伺うと、物件選びは本当に慎重に行わなければならないことがよく分かります。最後に、これから営業所を探す起業家の方へ、アドバイスをお願いします。
阪本:今日お話しした問題、特に「分譲マンションの管理組合の同意」や「転貸の大家さんの同意」といった第三者が絡む問題は、一度こじれると解決が極めて困難です。だからこそ、絶対に守っていただきたい鉄則があります。それは、「契約書にサインする前、登記申請をする前に、必ずすべての確認を終える」ということです。
──事が起きてからでは遅い、ということですね。
阪本:その通りです。先に会社をその住所で設立してしまった後で、管理組合や大家さんから「NO!」を突きつけられれば、別の事務所を探し、本社の移転登記からやり直すという、最悪の事態になりかねません。これは、数ヶ月単位の事業開始の遅れと、数十万円単位の無駄なコストを意味します。私たちのような専門家は、こうしたリスクを早期に発見し、先手を打つお手伝いをします。ぜひ、その一手間を惜しまず、事業の土台となる大切な営業所を、確実な形で確保していただきたいと思います。
──周到な準備こそが、成功への最短ルートだということですね。本日は、大変貴重なお話をありがとうございました。




















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