海外・国内すべてのパッケージツアーを自社で企画・催行できる「第一種旅行業」は、旅行業界における最上位のライセンスです。しかし、近年の社会情勢の変化や経営環境の悪化により、この最上位ライセンスを維持することが、事業者にとって大きな負担となるケースも増えています。
今回は、数多くの旅行会社の設立や登録変更を手掛けてきた行政書士の阪本浩毅さんをお招きし、第一種旅行業から第二種・第三種へ登録種別を変更するという「戦略的な事業再構築」について、その具体的な手続きと注意点を詳しくお話を伺いました。
なぜ今、「第一種」を手放す選択肢が生まれているのか
──本日はよろしくお願いします。第一種旅行業といえば、旅行業界の誰もが憧れる最高峰のライセンスというイメージです。しかし、最近では、そのライセンスをあえて手放し、第二種や第三種に変更する事業者さんがいらっしゃると伺いました。これは、どういった背景からなのでしょうか?
阪本:はい、よろしくお願いします。
おっしゃる通り、第一種は旅行業登録の頂点ですが、その分、維持するための経営体力も相当なものが求められます。
近年の社会情勢、特に新型コロナウイルスの影響で海外への渡航が大きく制限されたことで、これまで事業の柱であった海外募集型企画旅行、つまり自社主催の海外パッケージツアーの造成が困難になった、あるいは事業として見直さざるを得なくなった、という事業者様が非常に増えました。
──なるほど。事業の主力商品が作れなくなってしまったわけですね。
阪本:はい。それに加え、業績の悪化によって、更新時に求められる「基準資産額3,000万円」という非常に高い財務要件をクリアするのが難しくなってしまった、という切実なご相談も少なくありません。
このままでは更新ができず、廃業せざるを得ない。しかし、事業の実態を見直せば、まだ旅行業を継続できる道が残されている。そうした状況で、この「変更登録」という選択肢が現実味を帯びてくるのです。

ライセンス変更後も、ビジネスの可能性は広がる
──第一種でなくなると、海外旅行はもう扱えなくなってしまうのでしょうか?
阪本:いえ、そこが重要なポイントです。
扱えなくなるのは、あくまで「自社で企画・主催する、海外の募集型企画旅行」だけです。
例えば、他社が造成した海外パッケージツアーを代理で販売したり、お客様からの依頼に基づいてオリジナルの海外旅行をプランニングする「受注型企画旅行」や、航空券・ホテルなどを個別に手配する「手配旅行」は、第二種や第三種のライセンスでも全く問題なく取り扱えます。
──自社ブランドの海外ツアーにこだわらなければ、ビジネスは十分に継続できるのですね。国内のパッケージツアーはどうでしょう?
阪本:国内のパッケージツアーを全国規模で自社主催したいのであれば、第二種旅行業の登録があれば可能です。
つまり、事業の軸足を国内に移し、海外は受注型企画旅行や手配旅行、他社商品の販売に特化するという戦略であれば、第一種ライセンスに固執する必要はない、というケースは非常に多いのです。
新規より複雑?「変更登録」手続きのリアルと注意点
──なるほど、事業の実態に合わせた、賢い選択だということですね。具体的な手続きは、「変更登録」というからには、新規や更新よりは簡単なのでしょうか?
阪本:「変更登録」という言葉の響きから、簡単な手続きだと誤解されがちですが、実際には事業計画書や決算書、管理者の書類など、新規申請に準ずる多くの書類が必要です。
そして、何より注意すべきは「申請先」が変わることです。
──申請先が変わる、ですか?
阪本:はい。第一種旅行業の登録行政庁は国の「観光庁」ですが、第二種・第三種は主たる営業所のある「都道府県」になります。
例えば、これまで関東運輸局を通じて観光庁とやり取りしていた東京都の事業者さんは、変更登録の申請先が「東京都庁」に変わるのです。この管轄の変更を理解していないと、どこに相談すればいいのか分からず、手続きの入口でつまずいてしまいます。
──それは、知らないと混乱しますね…。手続きには、どれくらいの時間がかかりますか?
阪本:これも重要な点で、申請書を提出してすぐに変更されるわけではありません。東京都の場合、受理されてから30日~40日程度の審査期間が必要です。
そのため、現在の第一種登録の有効期間満了が迫っている状況では、変更登録はできません。
一般的には、有効期間満了の2ヶ月前までに変更手続きが完了する見込みがなければならず、逆算すると、少なくとも半年前には準備を始める必要があります。
──もし、更新が間近に迫っている場合は、どうすれば…?
阪本:その場合は、まず第一種として更新手続きを完了させ(もちろん基準資産額をクリアできることが前提ですが)、その後に第二種や第三種への変更登録を行う、という二段階のプロセスが必要になります。
第一種旅行業登録の有効期間が来月に迫っているから変更登録というのは制度上難しいと考えてください。いずれにせよ、計画的なスケジュール管理が不可欠です。
最大の落とし穴!「保証金の取戻し」には6ヶ月以上かかる
──ライセンスを変更する大きな目的の一つに、財務状況の改善、つまり運転資金の確保があると思います。第一種として納付していた高額な弁済業務保証金分担金は、変更したらすぐに差額が戻ってくるのでしょうか?
阪本:これが、この手続きにおける最大の落とし穴です。結論から言うと、すぐには一切戻ってきません。
──えっ、そうなんですか!?なぜでしょう?
阪本:これも、旅行業者さんのお客様である旅行者を保護するための法律上の規定です。
登録種別が変更された後、旅行業協会に対して差額の取戻し請求を行いますが、そこから実際に返還されるまでには、債権申出期間などを含め、最低でも6ヶ月の期間が必要になります。
資金繰りの改善を期待して変更したのに、キャッシュが手元に戻るのは半年も先だということを、計画に織り込んでおかないと、思わぬ資金ショートを招きかねません。

それは「格下げ」ではなく、未来への「最適化」
──ここまで伺って、第一種からの変更登録は、極めて戦略的かつ計画的に進めなければならない、重要な経営判断だということがよく分かりました。
阪本:おっしゃる通りです。「変更」という言葉の軽さとは裏腹に、そのプロセスは複雑で、一つスケジュール管理を誤れば、第一種の更新もできず、変更登録も間に合わず、結果として「廃業」という最悪のシナリオに陥る危険性すらあります。
──最後に、この決断を検討している経営者の方へ、メッセージをお願いします。
阪本:まず、この選択を「格下げ」というネガティブなものと捉えないでいただきたいですね。これは、変化する市場環境の中で会社を存続させ、未来へ繋ぐための、賢明で勇敢な「事業の最適化」です。
その重要な決断を成功させるために、私たちは、複雑な手続きのナビゲートから、行政庁との折衝、そして緻密なスケジュール管理まで、専門家として伴走します。
日常業務に追われながらこの大仕事を進めるのは至難の業です。ぜひ、手遅れになる前に、一度私たちにご相談ください。共に、会社の未来にとって最善の道筋を描いていきましょう。
──会社の未来を見据えた、前向きな経営判断だということですね。本日は、大変貴重なお話をありがとうございました。




















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