地域の隠れた魅力を掘り起こし、オリジナルの体験型ツアーとして提供したい。そんな熱意を持つ起業家のために、2012年に創設されたのが「地域限定旅行業」という新しいライセンスです。他の種別に比べて登録へのハードルが低く設定されている一方、その業務範囲には独自のルールが存在します。今回は、旅行業の許認可法務を専門とする行政書士の阪本浩毅さんをお招きし、この新しいビジネスの可能性と、事業を始める上で必ず知っておくべき注意点について、詳しくお話を伺いました。
地域の魅力をビジネスに!「地域限定旅行業」とは?
──本日はありがとうございます。まず初めに、「地域限定旅行業」とは、どのような目的で創設された制度なのでしょうか?
阪本:はい、よろしくお願いします。「地域限定旅行業」は、その名の通り、特定の地域に根差した観光を活性化させることを目的に作られた、比較的新しい登録種別です。いわゆる「着地型観光」を促進し、その土地ならではの文化体験や自然体験といった、大手旅行会社では扱いにくい、きめ細やかな旅行商品を造成しやすくするための制度と言えます。

──「着地型観光」ですか。もう少し詳しく教えていただけますか?
阪本:はい。従来の旅行が、出発地にいる旅行会社が企画したパッケージツアーに参加するのが主流だったのに対し、「着地型観光」は、旅行先の現地で提供される体験プログラムやツアーを指します。例えば、農家での収穫体験や、伝統工芸の工房での作品作り、地元のガイドと巡る街歩きツアーなどが典型的な例ですね。こうした地域の魅力をダイレクトに商品化できるのが、地域限定旅行業の大きな強みです。
──なるほど。他の旅行業と比べて、登録のハードルが低いと聞きますが、一番の違いはどこにあるのでしょうか?
阪本:最大の特色は、やはり業務範囲にあります。地域限定旅行業で企画・実施できるツアーは、出発地、目的地、宿泊地などが、すべて「営業所のある市町村および隣接する市町村」といった、定められた区域内に収まっていなければなりません。この「エリアの縛り」がある代わりに、次にお話しする財産的要件などが大幅に緩和されているのです。
100万円から始められる?「財産的要件」の仕組み
──その財産的要件ですが、「基準資産額100万円以上」と伺いました。これはかなり始めやすい印象を受けますね。
阪本:ええ、金額だけ見れば第3種の300万円、第2種の700万円と比べても格段に低い設定です。ただし、これも他の種別と同様に、単純に資本金が100万円あれば良いというわけではありません。会社の資産から負債や繰延資産などを差し引いて計算しますので、設立時の資本金は少し余裕を持たせて設定する必要があります。
──もう一つ、「営業保証金」という制度があると聞きました。これも基準資産額の計算に関わってくるのですよね?
阪本:その通りです。営業保証金は、万が一の際にお客様を保護するためのお金で、法務局に預ける(供託する)必要があります。この保証金の額も基準資産額から差し引かれます。地域限定旅行業の面白いところは、この保証金の額が「年間の取引見込額」によって変動する点です。
──取引額によって変わる、ですか?
阪本:はい。例えば、年間の取引見込額が400万円未満の小規模な事業であれば、旅行業協会に入会することで納める「弁済業務保証金分担金」は3万円で済みます。しかし、事業が軌道に乗り、取引額が400万円を超えると、分担金は一気に20万円に上がります。この見込みを最初にどう立てるかが、初期投資を抑える上で非常に重要になります。
──なるほど。事業計画と密接に関わってくるのですね。協会への入会は、やはりメリットが大きいのでしょうか?
阪本:資金的な負担を5分の1に圧縮できるメリットは絶大です。地域限定旅行業の場合、入会するなら一般的に「全国旅行業協会(ANTA)」を選択することになります。ただし、協会への入会には、分担金の他にも入会金や年会費が必要ですし、地域によっては既存会員からの推薦が必要な場合もありますので、事前の確認が大切です。ですので、旅行業協会を入会されない地域限定旅行業者さんもいらっしゃいます。
柔軟な働き方も可能?「人的要件」の特例と注意点
──次に「人」に関する要件ですが、こちらも地域限定旅行業ならではの特徴があるそうですね。
阪本:はい、大きな特徴として「旅行業務取扱管理者の専任制の緩和」という特例があります。原則として、管理者は営業所に一人、常勤専任でなければなりません。しかし地域限定旅行業に限り、一定の条件を満たせば、一人の管理者が複数の営業所を兼務できるのです。
──それは画期的ですね!どのような条件なのでしょうか?
阪本:阪本:具体的には、「兼務する営業所間の距離が合計40km以下」かつ「それらの営業所の年間取引額の合計が1億円以下」であることです。例えば、ある市にメインの事務所を構え、近くの観光地に小さな案内所を出す、といった多拠点展開が、人件費を抑えながら可能になります。これは地域の観光拠点をネットワーク化したい事業者にとっては非常に大きなメリットです。
──とても柔軟な制度ですが、何か落とし穴はありますか?
阪本:注意すべきは、この兼務はあくまで「自社の営業所間」に限られるという点です。時々、「友人が別の旅行会社で管理者をしているから、うちの管理者も兼務してもらえないか」といったご相談がありますが、これは典型的な「名義貸し」であり、絶対に認められません。法律違反として厳しい処分を受けることになります。
──資格にも「地域限定旅行業務取扱管理者」という専用のものがあるのですね。
阪本:はい。これは地域限定旅行業の業務に特化した資格で、試験範囲から国内地理や航空運賃などが除外されているため、総合資格や国内資格に比べて取得しやすいのが特徴です。まさに、地域で着地型観光を担う人材を育成するために作られた資格と言えます。
申請前に必ず確認を!自治体ごとの「ローカルルール」
──ここまで伺うと、全国共通のルールのように思えますが、申請する上で他に気をつけることはありますか?

阪本:実は、非常に重要な点として、登録を行う行政庁が「都道府県」であるため、自治体ごとに細かな「ローカルルール」が存在します。例えば、法人の事業目的に「旅行業法に基づく旅行業」という厳密な記載を求める県もあれば、「旅行業」だけで良いという県もあります。また、既存の旅行会社との類似商号のチェックの厳しさや、提出を求められる添付書類なども、自治体によって微妙に異なるのが実情です。
──それは、自分で準備するとなると大変そうですね。
阪本:おっしゃる通りです。ですから、ご自身で申請される場合は、必ず事前に主たる営業所を管轄する都道府県の観光課などの旅行業登録窓口に相談し、その自治体のルールを正確に確認してから準備を始めることが、手続きをスムーズに進める何よりのコツだと思います。
──最後に、これから地域限定旅行業でビジネスを始めたいと考えている方へ、専門家としてのメッセージをお願いします。
阪本:今、旅行者のニーズは、有名な観光地を巡るだけの旅行から、その土地でしかできない体験を求める「コト消費」へと大きくシフトしています。この流れは、地域限定旅行業にとってまさに追い風です。大手には真似のできない、地域への深い愛情と知識を活かしたユニークな企画こそが、これからの観光の主役になり得ます。
ただし、その情熱をビジネスとして成功させるためには、業務範囲の制限をはじめとする法的なルールを正しく理解し、遵守することが大前提です。ご自身のアイデアが、このライセンスの枠組みの中で最大限に輝くにはどうすればよいか、計画段階でぜひ一度、我々のような専門家にご相談ください。皆様の挑戦が、地域を元気にする大きな力となることを心から期待しています。
──地域の未来を担う、可能性に満ちたビジネスだということがよく分かりました。本日は誠にありがとうございました。


















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